犬は類人猿より「認知のレベル」が人間に近い…他の動物には起きなかった進化が原因だった!
つい最近まで、動物には複雑な思考はないとされ、研究もほとんどされてこなかった。ところが近年、動物の認知やコミュニケーションに関する研究が進むと、驚くべきことが分かってきたという。シジュウカラの文法を解明した気鋭の動物言語学者・鈴木俊貴氏と京都大学前総長でゴリラ学の権威・山極寿一氏による対談をまとめた『動物たちは何をしゃべっているのか? 』(集英社)から一部抜粋して、動物のコミュニケーションに関する新事実を紹介する。

シジュウカラは「ピーツピ」「ヂヂヂヂ」の二語を組み合わせて「ピーツピ・ヂヂヂヂ」と鳴くことで、「警戒して・集まれ!」と仲間に伝達していると鈴木氏は考え、この二語の順番を入れ替える野外実験を行った。すると、「ヂヂヂヂ・ピーツピ」が聞こえたとき、シジュウカラが警戒行動や集まる行動をとらないことがわかり、文法能力をもっていると示された。

言葉の進化と文化


山極 とても興味深いですね。鈴木さんのおっしゃる通りだと思うんですが、私は同時に、文法にはその動物の認知や社会の枠組みも関係していると考えているんです。

 人間の例を挙げると、先ほどの併合の能力と関係しているじゃないかと思っているのが、道具の進化です。というのも、ヒトは二つの道具を組み合わせて一つの道具を作りあげることができるから。

 たとえば、槍がそうですよね。槍が登場したのは50万年ほど前ですが、それまでの石器は槍の先端部分だけでした。握り斧(ハンドアックス)などに代表されるアシューリアン石器がそれで、我々のご先祖はそれで動物の骨から肉を切り取ったり、堅い葉っぱを切ったりしていた。

山極 とても興味深いですね。鈴木さんのおっしゃる通りだと思うんですが、私は同時に、文法にはその動物の認知や社会の枠組みも関係していると考えているんです。

 人間の例を挙げると、先ほどの併合の能力と関係しているじゃないかと思っているのが、道具の進化です。というのも、ヒトは二つの道具を組み合わせて一つの道具を作りあげることができるから。

 たとえば、槍がそうですよね。槍が登場したのは50万年ほど前ですが、それまでの石器は槍の先端部分だけでした。握り斧(ハンドアックス)などに代表されるアシューリアン石器がそれで、我々のご先祖はそれで動物の骨から肉を切り取ったり、堅い葉っぱを切ったりしていた。



 鈴木 旧石器時代の始まりの頃ですね。

 山極 アシューリアン石器は百数十万年前には登場しているので、握り斧だけを単体で使う状態が100万年以上続いたことになります。ところが、あるとき、棒という別の道具と組み合わされて槍になった。併合に似たことを、身体の外でやっていたわけです。

 鈴木 たしかに。二つの道具を組み合わせて槍を作っているわけですもんね。

山極 もう一つ、私がヒトの言語能力と関係があると思っているのが社会の進化です。これは併合より、ユニットにユニットを重ねて長い文を作る再帰の力と関連するのかもしれませんが、他の霊長類にないヒトの社会の特徴は、集団というユニットが二重に重なっていることなんです。

 鈴木 二重ですか? 
 山極 そうです。「家族」というユニットの上に「共同体」というユニットが重なっているのがヒトの社会です。

 ゴリラの社会には家族というユニットしかないし、チンパンジーの社会には共同体ユニットしかありません。ゲラダヒヒなどは500頭を超える大集団を作り、それは1頭のオスを中心とした「ワン・メール・ユニット」の集合ですから、階層構造はあることになる。その点ではヒトと近いのですが、個々のゲラダヒヒはワン・メール・ユニットから離れることはできないので、二重構造ではないんです。

鈴木 人間はどうなんですか? 
 山極 ある特定の女性が、家族の中では母であり、かつ妻であったりする。と同時に、共同体にとっては一人の女でもある。複数のユニットが同時に重なり合って機能しているから、ある個体が複数の役割を使い分けることになります。

 ところが他の類人猿だと、複数の役割を同時に持つことはない。たとえばメスは妊娠していたり授乳している最中は発情できませんよね。つまり、「女」と「母」という異なる役割が重なることはないんです。

 鈴木 人間社会のような二重構造はないんですね。

 山極 そうです。二重どころか、家族や共同体以外にも、狩りのための男だけのユニットとか、いくつものユニットに同時に属するのが人間です。そういう複雑な社会の進化や複数のモノを組み合わせて道具を作る能力と、併合や再帰といった言語能力は、お互いに関係しながら進化してきたんじゃないか。

そして、それを可能にしたのが、他者に共感する能力と、併合や再帰のような認知能力ではないかと思うんです。私が音楽やダンスにこだわるのも、共感の力と強い関係があるからです。

共感する犬

鈴木 共感ですか。

 今のお話で思い出したんですが、僕、「クーちゃん」という犬を飼っているんですけれど、飼い始めてからわかったのが、犬ってすごく賢いということ。それまで僕はシジュウカラが一番賢いと思っていたんですが(笑)、クーちゃんも賢いんです。「ワン」とか「クーン」とか、限られた声しか出せないんですけど、お互いの気持ちがわかるんです。

 山極 犬の知性についてはここ数年で一気に研究が進み、今では類人猿よりも認知のレベルが人間に近いと言われています。たとえば、人が指を指したほうを向くことができる。これは、限られた動物しか持たない能力です。

鈴木 オオカミの赤ちゃんと犬の赤ちゃん、あと人間の赤ちゃんの認知能力を比べた研究論文を読んだことがあるんですが、犬の赤ちゃんはオオカミよりも人間の赤ちゃんに近いみたいですね。

 うちのクーちゃんも、僕の表情やちょっとした仕草を理解してくれるんです。それに、クーちゃんには白目もあります。

 山極 白目があると視線の方向がよくわかるから、意図を他の個体に伝える必要性と共に進化したと言われていますね。人間ははっきりした白目を持っていますが、他の霊長類はそうでもない。

 そして犬も、くっきりとした白目を持つ珍しい動物です。犬の祖先であるオオカミには白目がないのに犬にはあるのは、人間に飼われるようになってから犬だけに起こった進化だと言われています。

鈴木 大人しくて人に友好的な動物になる「家畜化」ですね。

 山極 そう。最近、改めて光が当てられているのがソ連の
ドミトリ・ベリャーエフ*が行った野生のギンギツネの家畜化の実験です。彼が人懐っこいギンギツネの個体だけを選んでかけ合わせることを繰り返した結果、40世代くらいで犬みたいになってしまった。人を恐れなくなり、尻尾を振ったりするだけじゃなく、頭が丸くなり、顔が平べったくなり、体毛に斑まだらができたりと外見まで変わるんです。特に面白いのは、脳が小さくなること。

 (*【ドミトリ・ベリャーエフ】ソ連の動物学者(1917-1985年)。ロシア科学アカデミーのシベリア分院の副総裁を務めた。)

 鈴木 オオカミが犬になるまで3万年くらいかかったのに、キツネは人為的に従順な個体を選択するだけでたった50年くらいで犬みたいになったんですよね。だから、いわゆる知性や共感する力も、実は短期間で進化した能力かもしれない。

山極 そう、住む環境や社会の複雑さに適応した結果ではないですか。

 【もっと読む】『「弱いサル」がメスとの交尾中、“ボスザル”に顔を見られても怒られない「驚きの理由」』

鈴木 俊貴/山極 寿一(霊長類学・人類学者)

PETLIFE24事務局2023.09.01

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